現代社会において「痩せていること」が美徳とされる一方で、生殖医学の現場では、過度なダイエットが不妊の主要な原因の一つとして深刻視されています。特にBMI(体格指数)が低い状態での妊活は、母体と将来の赤ちゃんの両方に大きなリスクを伴います。
1. 脳が「飢餓状態」と判断し、生殖機能を停止させる
女性の体には、体脂肪率や栄養状態を監視するセンサーが備わっています。過度な食事制限によって体重が急激に減少すると、脳の視床下部は「今は飢餓状態であり、妊娠・出産に耐えられる環境ではない」と判断します。
その結果、生殖を司るホルモン(GnRH:性腺刺激ホルモン放出ホルモン)の分泌が抑制されます。これにより、卵胞を育てるホルモンや排卵を促すホルモンが正常に出なくなり、生理不順や無排卵、ひいては不妊へと繋がるのです。
2. 「レプチン」というホルモンの不足
医学的エビデンスにおいて重要な役割を果たすのが、脂肪細胞から分泌される「レプチン」というホルモンです。 レプチンは脳に対して「エネルギーは十分にある」と伝える信号ですが、ダイエットで体脂肪が極端に減ると、レプチンの分泌量が激減します。臨床研究では、一定のレプチン濃度が保たれていないと、排卵が起こらないことが証明されています。つまり、適度な体脂肪は「妊娠のための燃料」として不可欠なのです。
3. 卵子の質と「ミトコンドリア」の機能低下
ダイエットによる深刻な栄養不足(特にタンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルの欠乏)は、卵子の質そのものに影響を与えます。 卵子が成熟し受精・分割するためには、細胞内の発電所である「ミトコンドリア」が活発に動く必要があります。
しかし、エネルギー不足の状態ではミトコンドリアの機能が低下し、受精卵の成長が途中で止まってしまう可能性(着床不全や早期流産のリスク)が高まることが、近年の分子生物学的な研究で明らかになっています。
4. 適切なBMIと「ゴールデンゾーン」
医学的に最も妊娠しやすいとされるBMIの数値には、明確なエビデンスがあります。 多くの研究データでは、BMI 18.5未満を「低体重(痩せすぎ)」とし、この数値になると不妊のリスクが有意に上昇することが示されています。
逆にBMI 20〜24の範囲が、排卵障害が最も少なく、妊娠率が高い「ゴールデンゾーン」とされています。 数キロの増量が、高額な不妊治療よりも劇的な改善をもたらすケースも少なくありません。
5. 将来の赤ちゃんへの影響(エピジェネティクス)
無理なダイエットは、今現在の妊娠しにくさだけでなく、授かった後の赤ちゃんにも影響を及ぼす可能性があります。「DOHaD(ドーハド)学説」という医学的理論によれば、低栄養状態で育った胎児は、将来的に糖尿病や高血圧などの生活習慣病になりやすい体質を持って生まれるリスクがあることが、膨大な統計データから証明されています。
結論:健康な「母体」こそが最短の妊活
ダイエットをしすぎることは、生命を維持するために「生殖という贅沢品」を後回しにする行為です。医学的なアドバイスとしては、以下の3点を意識することが推奨されます。
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体脂肪率20%以上を目安にする: 生理周期を安定させるための最低ラインです。
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良質な脂質(オメガ3など)を摂る: ホルモンの原料はコレステロールです。
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体重の急激な変化を避ける: 1ヶ月に体重の5%以上を減らすようなダイエットは、ホルモンバランスを確実に崩します。

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