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なぜ癌になると痩せてしまうのか

癌(がん)になると多くの人が体重減少、特に痩せる(やせる)という症状を経験します。この現象は医学的には「悪液質(あくえきしつ:Cachexia)」と呼ばれ、がん患者の約半数以上にみられる重大な身体的変化です。痩せる理由は単に食欲が落ちるからというだけでなく、もっと複雑な代謝異常や炎症反応が関与しています。

本稿では、「なぜ癌になると痩せてしまうのか」という問いに対して、医学的、生理学的、生化学的な視点から5000字程度で詳しく解説します。


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1. がんによる体重減少の背景

がんに罹患すると、多くの患者が進行の過程で体重を失います。この体重減少には脂肪組織だけでなく、**骨格筋(筋肉)**の減少も含まれます。単なるダイエットや絶食とは異なり、がんに伴う体重減少は、栄養補給をしても元に戻らないことが多く、身体機能を著しく低下させます。

体重減少は治療の効果にも影響し、生存率やQOL(生活の質)を低下させる原因になります。では、なぜこのような深刻な痩せが起きるのでしょうか。


2. 主な原因:がん悪液質(Cancer Cachexia)

◆ がん悪液質とは

がん悪液質とは、慢性的な炎症状態や代謝異常により、筋肉量や脂肪量が著しく減少する症候群です。これは単なる「飢餓状態」や「食欲不振」ではなく、がんによる全身性の反応が原因で起きるため、栄養を摂取しても十分に回復しないという特徴があります。

悪液質の主な特徴:

  • 筋肉量の持続的な減少

  • 食欲不振(食べられない)

  • 炎症マーカーの上昇(CRP、IL-6 など)

  • 貧血、倦怠感、全身のだるさ


3. がんによる痩せのメカニズム

がんによって痩せるメカニズムは、いくつかの要因が複雑に絡み合って生じます。以下に主な原因を解説します。

3-1. 炎症性サイトカインの影響

がん細胞やそれに反応した免疫細胞は、「サイトカイン」と呼ばれる情報伝達物質を分泌します。特に問題になるのが以下の炎症性サイトカインです。

  • TNF-α(腫瘍壊死因子α)

  • IL-1(インターロイキン1)

  • IL-6(インターロイキン6)

これらのサイトカインは、筋肉の分解を促進したり、食欲を抑制したりする働きを持ちます。また、脂肪組織を分解するリパーゼ酵素の活性を高め、体脂肪も失われやすくなります。

3-2. 筋肉の異化作用(分解)が優位になる

通常、筋肉は合成と分解のバランスによって維持されていますが、がん悪液質では筋タンパク質の分解が著しく促進されます。とくに「ユビキチン・プロテアソーム系」というタンパク質分解経路が活性化され、筋肉がどんどん分解されてしまいます。

これにより、エネルギー源としてアミノ酸が供給されますが、筋肉の喪失は運動能力や体力の低下、寝たきり状態を招く原因になります。

3-3. 食欲の低下

がんにかかると、しばしば食欲不振(アノレキシア)がみられます。これは、がん自体や治療の副作用(抗がん剤、放射線治療など)による吐き気や味覚障害、口内炎などが関与しています。

さらに、脳の視床下部という食欲中枢にも炎症性サイトカインが作用し、食べ物に対する興味や空腹感が失われます。

3-4. エネルギー代謝の異常

がん細胞は「ワールブルグ効果」と呼ばれる代謝異常を起こします。これは、通常よりも大量のグルコースを消費してエネルギーを得る代謝様式です。このようながん細胞の異常な代謝は、宿主(患者)のエネルギーを大量に奪い、消耗させます。

また、肝臓などでも代謝異常が起き、糖新生や脂肪の酸化が過剰に活性化し、栄養素の浪費が進みます。


4. がん治療と痩せの関係

がん治療そのものも、痩せの要因になることがあります。

◆ 抗がん剤

  • 吐き気、嘔吐、口内炎、下痢などによって食事摂取量が減少

  • 味覚・嗅覚の変化で食欲がなくなる

  • 免疫抑制により感染症を引き起こし、体力消耗

◆ 放射線治療

  • 咽頭がん・食道がんの場合、食道や喉に炎症が起きて飲食が困難

  • 消化管の粘膜障害により吸収不良が生じることも

◆ 手術後の栄養障害

  • 胃の切除後では、ビタミンB12の吸収不良や、ダンピング症候群により栄養状態が悪化する


5. 精神的要因

がんと診断されること自体が、強い心理的ストレスを生みます。不安、抑うつ、食事への興味喪失などが起き、これも体重減少に拍車をかけます。

また、終末期になると「食べることの意味」が薄れ、本人の意思として摂取を拒否する場合もあります。


6. 痩せに対する対策と治療

◆ 栄養サポート

  • 栄養士による食事指導や補助食品の活用

  • 高カロリー・高タンパク質食の工夫(小分け、濃縮)

  • 経口摂取が難しい場合は、経管栄養や中心静脈栄養(TPN)の検討

◆ 抗炎症薬・代謝調整薬の活用

  • ステロイド(プレドニゾロン)などによる炎症の抑制

  • メゲストロール酢酸(Megace)による食欲増進

  • EPA(エイコサペンタエン酸)などの抗炎症脂肪酸の投与

◆ 運動療法

筋肉量を維持するためには、軽い筋力トレーニングやリハビリも重要です。特に早期段階では、運動と栄養の組み合わせが予後を改善するという研究結果もあります。


7. まとめ

がんによる体重減少や痩せは、単に「食べられないから」起きるのではなく、がん細胞とそれに伴う全身の炎症、代謝異常、心理的変化、治療の副作用など、さまざまな要因が複雑に絡み合って生じる現象です。

この痩せ(悪液質)はがんそのものよりも時に命に関わる重要な症状であり、早期からの積極的な対策が求められます。がん治療においては、腫瘍の制御だけでなく、**「いかに体を守り、栄養状態を維持するか」**という視点がますます重要になっています。


参考文献

  • 日本癌学会「がん悪液質のガイドライン」

  • Fearon K. et al. (2011). Definition and classification of cancer cachexia: an international consensus.

  • Argilés JM et al. (2014). Cancer cachexia: understanding the molecular basis.

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